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種別 有形文化財  宝篋印塔は、平安時代に中国から伝えられた塔で、五輪塔とともに鎌倉時代以降供養塔、墓塔として数多く建てられてきました。鎌倉時代のものは大きく安定感があり、室町時代に小型化、簡略化、多様化します。岩手県内の中世の宝篋印塔は、150基を超えていますが、二戸地方が圧倒的に多く8割以上を占め「宝篋印塔文化圏」となっています。なかでも一戸町は54基を数え、県内で最も多い事で知られています。特に宮田にあるこの宝篋印塔は、県内では中世宝篋印塔のなかで唯一年号のあるものとして貴重です。それによると応永5年(1398)、二親、兄五人、忘妻、忘息三人の供養のために建立したと記録されており、その他塔身の四面に釈迦、観音、勢至、薬師の種子(仏をあらわす梵字)があります。
 全体は基檀、基礎、塔身、笠からなり相輪を欠いています。
 高さ 79.5p  最大幅 41p
ふりがな みやだほうきょういんとう
名称 宮田宝篋印塔
数量 1
所在地 月舘字大細
指定年月日 S58.8.5
《県指定文化財》